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家族伝承者に応募した渡部久仁子さん=2024年9月4日午後0時5分、広島市中区、魚住あかり撮影

 たとえ祖母が語ることができなくなっても、被爆体験を子どもたちへ伝え続けなければ――。広島市の渡部久仁子さん(43)はこの秋、家族の被爆体験や平和への思いを語り継ぐ「家族伝承者」に応募した。9月1日から新たに市が始めた通年募集の制度を利用した「第1号」となる。

 祖母の上野照子さん(94)は被爆当時15歳。広島市千田町(現・中区、爆心地から約1.6キロ)の広島赤十字病院にあった救護看護婦養成所の2年生だった。倒壊した寄宿舎の下敷きになりながらも抜けだし、けが人を救護した。やけどに苦しみながら、患者は次々と亡くなっていった。

 「きれいになった広島しか知らない自分が祖母の話を語れるのか」。NPO法人「ANT―Hiroshima」のスタッフとして平和や核廃絶をめざす活動をしつつも、渡部さんはこれまで伝承者になることをためらっていた。体験を語る度につらそうな顔をする祖母に、深く尋ねることもできなかった。

ゲーム実況動画のまねする5歳、目にしてわいた思い

 だが今夏、5歳のおいが無邪気に「核爆弾」という言葉を使う様子を見て、考えが変わった。保育園ではやりの、ゲーム実況動画のまねをしているようだった。

 「おいっ子は自分にとって最も具体的な『未来』の姿だった」と渡部さん。おいや、さらにその先の世代まで伝え続けていく必要性を感じた。

 通年募集が始まると知ったのは、ちょうど家族伝承者となる意思を固めた頃だった。

 これまで市は、被爆者自身が体験を語る「被爆体験証言者」と家族が体験を受け継いで語る「家族伝承者」を例年5月に募集していた。だが、被爆体験が多く報道される8月の後に応募を希望する人もおり、「翌年5月まで待ってもらうより、通年募集した方がよい」と9月から通年募集へと切り替えた。

 被爆体験証言者と家族伝承者は1~2年の研修を修了した上で、広島平和文化センターから委嘱を受ける。今年度に委嘱された被爆体験証言者は32人で、9月1日時点の平均年齢は86.9歳。人数は過去10年で最少と、被爆者の高齢化は進んでいる。

 渡部さんの祖母も数年前に、心臓の手術を受けていた。「与えられた時間には限りがある。(通年募集を知って)祖母も安心していた」。いまは祖母から少しずつ、被爆体験を聞き取っているところだ。(魚住あかり)

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